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「真我開眼、修せざるは衣裏の宝珠」誰もが自分の中に宝を持っている。師は私に「柳は緑 花は紅」という言葉を贈ってくださいました。この言葉を胸に人生精進します。
NPO法人福島県障がい者スポーツ支援ネットワークの設立
12月18日(土)、福島市杉妻会館において、NPO法人福島県障がい者スポーツ支援ネットワークが設立されました。

 平成14年に会津若松市の三澤浩美さんと出会ったことがきっかけで、「増子恵美を支援する会」という会が発足しました。

 北九州のゴールドカップ応援ツアーや県内での大会で伝説の「増子恵美Tシャツ」を作成し、みんなでそれを着て観客席から応援をしていただいておりました。
 そのTシャツの売上で自己負担の海外遠征をサポートしていただきました。

 その後、私個人だけでなくもっと多くの障害者アスリートを支援してほしいとの願いを理事のみなさんに聞いていただき、平成16年に「ハイレベルスポーツ競技者サポートの会」という団体に名称を変え、多くの県内選手の自己負担を伴う強化合宿費用、海外遠征費用をサポートしていただきました。

 そしてこのたびさらに、しっかりとした体制の元、支援の輪を広げていきたいということを長年会長を務めていただいている三春町の白岩良子さん、事務局長の田村市、白石高司さんをはじめ多くのみなさんが法人化へ向けて動こうと準備をしてくださいました。


 ネットワークというのは、NPO法人福島県障がい者スポーツ支援ネットワークが、福島県障がい者スポーツ協会、福島県障害者スポーツ指導者協議会、福島県内在住の障害者アスリートまたはパラリンピックを目指し、日夜努力を続けている選手、県内支援者、企業を結びつける意味合いももっています。

 今回の設立には、私の職場である障害者スポーツ協会や県障害者スポーツ指導者協議会からも出席いただきました。

 普段はもちろん障害者スポーツ協会も指導者協議会も支援をしていただいています。東北・全国・国際大会に出場する際の助成金制度のあるスポーツ協会は全国でも珍しいですし、県障がい福祉課はじめ、県体育協会、県教育委員会、県一般競技団体のみなさんすべての方が、障害者スポーツを理解し応援してくださっています。

 
 ただ、やはり行政は個人へのスポンサーの獲得やマネージメントなどまでは難しく、さまざまな制限もあります。そうしたところを補える団体として、県障がい者スポーツ支援ネットワークには大きな期待を寄せています。

 選手を応援し、決して恵まれた環境ではない障がい者アスリートを金銭面や応援ツアー企画など、物心両面でバックアップします。


 選考合宿までの自己負担や努力は選手として自分が目指すべき目的のために身銭を切るのは当然ですが、現在の財政難の障害者スポーツの世界では、日本代表になってからの自己負担を伴う合宿や海外遠征なども当然のように行われています。そうした選手に対する金銭面の支援をします。


 また、県内企業に対し、選手へのスポンサー獲得。またスポンサーの獲得だけでなく、選手がスポンサーなどの企業とやりとりをする業務などを調整・マネージメントし、慣れない事務管理などのサポートをします。 


 このほか相談事業やチャリティー活動など、さまざまな障がい者スポーツ支援を行います。


 福島県は人のパワーが強い県。障害者スポーツセンターはないけれど、いまある環境のなかでみんながんばっています。


 トップアスリートを育成することは、その影響で重軽に関係なく多くの障害のある方にもチャレンジする機会が増えるものと思いますし、その支援が広くなることで福島県全体に人のつながりが生まれます。

私たちは、福島県を愛し、地域に根付いた活動をしたいと思います。


「三松」の夜に生まれたみなさんの思いやりは、大きな形となりました。

有難うございます。これから大変ですが、がんばっていきましょう!!


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プロフ
HN:
Meg3
性別:
女性
職業:
カリスマオフィサー
趣味:
photo(Canon EOS user)
自己紹介:
出身・在住 福島県
幼少はオルガン・書道・バレエと文化系で体も弱く運動が苦手でした。小学3年で担任の先生にテニス・卓球などいろ②教えてもらいスポーツ少女へ。小4でバスケに出会い高校までバスケをしていました。
平成2年6月車に飛ばされ車椅子になりましたが、車椅子になってもバスケットボールができることを知り競技の道へ。

1999年三上監督率いる女子車椅子バスケットボールチームは福島大学人類文化白石先生のメンタルトレーニング指導を受け、2000年シドニーパラリンピックでは目標どおりの銅メダルを獲得しました。
※白石豊先生は、福島大学教授。メンタルトレーニングの第一人者。ゾーン、ゴールデンエイジなどの言葉を生んだ方です。門下生には、日本人女性初のWNBAプレイヤー萩原美樹子氏、バンクバーオリンピックスピードスケートパシュート銀メダリスト田畑真紀選手、元日本ハムファイターズコーチ白井一幸氏、FIBAワールドカップ南アフリカ大会日本代表岡田武史監督など、著名な方々を多数みてらっしゃいます。

経歴:
1992年3月車椅子バスケットボールを見学、以後半年以上ただ見学
1992年9月福島県身体障害者スポーツ協会主催の車椅バスケットボール教室にて三村一郎先生(長野県障害者スポーツ協会理事長)と出会い選手の道へ
1993年1月JWBF選手登録
1994年ゴールドカップストークマンデビル大会代表デビュー(7位)
1996年アトランタパラリンピック出場(5位)
1998年ゴールドカップシドニー(4位)
2000年シドニーパラリンピック(銅メダル)
2002年ゴールドカップ北九州(4位)
2004年アテネパラリンピック(5位)
2005年腰椎の疲労骨折により代表引退
2008年北京パラリンピック(4位)代表復帰
2010年ゴールドカップ バーミンガム代表(7位)
2011年ロンドンパラリンピックAOZ予選(3位)
2015年リオパラAOZ予選(3位)
2015年現役引退
職業:団体職員
(公財)福島県障がい者スポーツ協会

役職:
(一社)日本パラリンピアンズ協会理事
福島県障がい者スポーツ指導者協議会事務局
福島県障がい者スポーツ支援ネットワーク理事
ふくしまchallenged sports club代表
特技:車椅子バスケットボール
趣味:美味しいものを食べ歩き、カメラ(Canon 7D user)

一番好きな曲:What A wonderful world.

家族:チャアコ,マーレ,バディ(dog's)メソ,ゴマ,アテ,モコ,アイナ,ニャークロ,グランディス,アバレンボウ,ギントキ,ロング,アメニ,ジンジャー,モウ(cat's)カーコfamily&チュンチュコチュンfamily(bird's)

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松本紀生著書
アラスカで出会った写真家松本さん、マッキンリーでカマクラ掘ってオーロラを撮り続けています。
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