忍者ブログ
「真我開眼、修せざるは衣裏の宝珠」誰もが自分の中に宝を持っている。師は私に「柳は緑 花は紅」という言葉を贈ってくださいました。この言葉を胸に人生精進します。
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

日本の車椅子バスケットボールの未来
2月26日(日)に車椅子バスケットボール連盟の強化部の会議があったはず

ちゃんと選手のための「これから」について議論をしてくれたのかな


密室の会議だからね。内容は関係者しかわかんないんだよね。


AOZ予選まさかの予選落ち、パラリンピック出場ならず


思い起こせば4年前


日本の女子がメダルを獲るためだけでなく
日本女子全体の底上げを図ることを目的に選手が招集された。


しかし、気づいてみれば、女子選手の登録者数は60名
4年前より激減

周りを見渡すと中間層がいなくね?!いるのかな?!


ベテランがいつまでもやってるから?
いんやーそうではないべ。


果たして、この4年間の女子選手の強化はうまくいったのか


ジュニアは世界選手権があり、半年間のジュニア猛烈合宿とジュニア大会の成果で短期間で驚きの伸び率だった。


ジャパンに関して言えば、もうやりたいから立候補、強化部内からの推薦投票でスタッフ決めるとかは限界かもな。。


大阪カップもビジネスだったら大損させてしまった・・。

慣れない雪山仕事をしてきて出発前日から体調不良・・・こんなことはじめてだった。普通だったら変わってもらえるんだが、現在職員は避難県に派遣されいない状況。大阪カップ直前に辞退も考えた。
もちろん出るからには必死だった。
でも、結果はついてこなかった。
高橋先生には本当に申し訳ない気持ちでいっぱい。




AOZの結果により、仕事の契約更新できない選手も出る予定だし。


選手がいっくら生活を賭けて練習しても、いざ本番では、結局、スタート+アルファでしか戦えない、と言われみな言葉をなくした。


最後の大会がおわってしまった。


選手として力及ばずもうしわけない。


いまの時勢、ジャパンに限って言えば、結果がすべてと言っても過言ではない。


参加することに意義があるのであれば、ジャパンになって、国際試合に出場することを「趣味です」とか「障害者なので滅多にできないパラリンピックを経験をさせていただいています」と言わなくてはならなくなる。

でも、違うよね。

自分たち、組織がパラリンピックはオリンピックと同等です。と言うからには、言うだけのことしなきゃならない。選手はがんばってる。足りないのと言われ続け、走り続けている。
選手だけでなく、かかわるすべての人組織が前進しなきゃならない。


応援してくれている人がたっくさんいる。。家族、職場、友人、全国の選手、関係者、OB、チームメイツ、地元の有志、車椅子バスケファン

連盟に登録している選手のお金を使わせてもらっている。
たくさんのお金をかけてもらってることを考えるだけでもせつない。。。

その人たちへ感謝の気持ちを結果で表したい。それができない。せつなすぎる。。。


連盟未登録チームも多くあり、なぜ登録しないのか

地方は人数が少なくて大会に出るのもやっとな状況

健常者プレイヤーの助けがいるも、公式試合には出場できない

でも、健常者プレイヤーに頼るだけでは、車椅子選手の出場機会もなくなり、本末転倒

どうしたらいいか、本気で議論しないといけない良い機会じゃないかしらね^^


批判でなく、議論。


これから、どうすべきか


ってことをパブリックコメント集めたら?!


おもしろい内容とかあるかもよ^^


目標を見失った船は何処へ向かうのか、難破船となるか黄金郷に着くのか。


あ、お約束どおり言っておきますが、これは組織や人の批判じゃあありませんよ

事実に基づく個人の感想です。

選手の努力が報われる日を願う


仕切り直しだ


あー、スポーツマネジメント勉強しようかなー

選手のために
PR
COMMENT
Name:
Title:
URL:
Message:
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
Pass:

| prev | top | next |
| 345 | 344 | 343 | 342 | 341 | 340 | 339 | 338 | 337 | 336 | 335 |
プロフ
HN:
Meg3
性別:
女性
職業:
カリスマオフィサー
趣味:
photo(Canon EOS user)
自己紹介:
出身・在住 福島県
幼少はオルガン・書道・バレエと文化系で体も弱く運動が苦手でした。小学3年で担任の先生にテニス・卓球などいろ②教えてもらいスポーツ少女へ。小4でバスケに出会い高校までバスケをしていました。
平成2年6月車に飛ばされ車椅子になりましたが、車椅子になってもバスケットボールができることを知り、いまだ現役で選手やっております(*^^)v

1999年三上監督率いる女子車椅子バスケットボールチームは福島大学人類文化白石先生のメンタルトレーニング指導を受け、2000年シドニーパラリンピックでは目標どおりの銅メダルを獲得しました。
※白石豊先生は、福島大学教授。メンタルトレーニングの第一人者。ゾーン、ゴールデンエイジなどの言葉を生んだ方です。門下生には、日本人女性初のWNBAプレイヤー萩原美樹子氏、バンクバーオリンピックスピードスケートパシュート銀メダリスト田畑真紀選手、元日本ハムファイターズコーチ白井一幸氏、FIBAワールドカップ南アフリカ大会日本代表岡田武史監督など、著名な方々を多数みてらっしゃいます。

経歴:
1992年3月車椅子バスケットボールを見学、以後半年以上ただ見学。
1992年9月福島県身体障害者スポーツ協会主催の車椅バスケットボール教室にて三村一郎先生(現長野県障害者スポーツ協会理事長)と出会い選手の道へ
1993年1月JWBF選手登録
1994年ゴールドカップストークマンデビル大会代表デビュー(7位)
1996年アトランタパラリンピック出場(5位)
1998年ゴールドカップシドニー(4位)
2000年シドニーパラリンピック(銅メダル)
2002年ゴールドカップ北九州(4位)
2004年アテネパラリンピック(5位)
2005年腰椎の疲労骨折により代表引退
2008年北京パラリンピック(4位)代表復帰
2010 ゴールドカップ バーミンガム代表(7位)
2011 ロンドンパラリンピックAOZ予選(3位)
2015 リオパラAOZ予選(3位)
2015 現役引退
職業:団体職員
(公財)福島県障がい者スポーツ協会

役職:
(一社)日本パラリンピアンズ協会理事
福島県障がい者スポーツ指導者協議会事務局
福島県障がい者スポーツ支援ネットワーク理事
ふくしまchallenged sports club代表
特技:車椅子バスケットボール

趣味:美味しいものを食べ歩き、カメラ(Canon 7D user)

研究:

著書:

一番好きな曲:What A wonderful world.

家族:チャアコ,マーレ,バディ(dog's)メソ,ゴマ,アテ,モコ,アイナ,ニャークロ,グランディス,アバレンボウ,ギントキ,ロング,アメニ,ジンジャー,モウ(cat's)カーコfamily&チュンチュコチュンfamily(bird's)

※ブログ上の文章・画像について、許可なく転載禁止でございます☆
カレンダー
07 2017/08 09
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
twitter
イイネ♪
松本紀生著書
アラスカで出会った写真家松本さん、マッキンリーでカマクラ掘ってオーロラを撮り続けています。
Amazon送料無料
カウンター
ブログ内検索
バーコード
忍者ブログ  [PR]
  /  Design by Lenny