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「真我開眼、修せざるは衣裏の宝珠」誰もが自分の中に宝を持っている。師は私に「柳は緑 花は紅」という言葉を贈ってくださいました。この言葉を胸に人生精進します。
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PBWの法則 ご紹介
PBWとは、アラスカ在住の作家であり写真家のTJさんから教えてもらった燃える空を撮る法則のことだ。
教えてもらったと言っても、アラスカを訪れる前、TJさんの日記に写真家の松本紀生さんとのやりとりが載っていたのを読んだだけなのだが
この日記、なんとかの化かし合いのように、どこまで本気で読んでいいのか???だったが、実に面白かった。後日、実際にお二人にお会いする機会があったが、まさしくこの日記が頭をぐるぐるしていた。

せっかくなので、そのやりとりの日記をみなさんにも読んでいただきたく紹介します。


世の中には、まったく役に立たないものがある。

たとえば定理や法則などの類。学校であれほど習ったピタゴラスの定理や因数分解など、これまで普通の生活で使ったためしがない。学校を出てウン十年、まったくと言っていい、一切使ったことがないのだ。

学問的な意義については問わないことにする。実際の生活で役に立つか立たないかを考えたとき、あの貴重な青春時代を犠牲にして必死になって机に向かったのはいったい何だったのだろうかと、つい首を傾げてしまうのだ。頭の訓練?冗談でしょ。でも、まあ、いいけれど……。

この日記のタイトル「PBWの法則」――これもまったく役に立たないものだ。自分が作った法則だから、胸を張って言える。まず百人いたら百人が、千人いたら千人が、まったく役に立たないと言うだろう。

いや、役に立つ!――と言うかもしれない唯一例外的な人種は、写真家か画家だけだと思う。それも、厳冬期の山の色調の変化に興味を示すごくわずかの写真家か、イマジネーションを絵の具に溶くだけでは飽き足らない行動派の画家くらいではないかな。

友人に、写真家の松本紀生さんがいる。彼は冬至の前後に、マッキンリー山が真っ赤に燃える瞬間を写真に撮ろうとして、毎年年末に山中に入って キャンプをする。もちろん厳冬期のマッキンリー山が山火事を起こすわけではない。朝日が昇る直前、地平線の下から伸びてきた射光が、山を真っ赤に染める瞬 間がある。そのとき山は、文字通り真っ赤になる。

一般に「アルペングロー」と呼ばれるものだ。日が沈んだ後、しばらくすると、いったん暗くなった山が煌々と輝きはじめる、あの輝きと同じもの。 これは、地平線に沈んだ太陽の光が高い山を投光機のように照らす現象で、普通の人は日没後に山を見上げることはしないから、知らない人のほうが多いだろ う。でも、高い山は、一度暗くなった後に、ほんの短時間、もう一度明るく輝くのです。

で、松本紀生さんはこれの朝版を撮ろうとしている。なぜ朝なのか――それは、朝のほうが空気が澄んでいて、山の輝きが圧倒的にきれいだからだ。それも、一年のうちで日照時間が最も短くなる冬至の頃が、いちばん赤く燃えるのだ。

ひとつ難点がある。この時期、アラスカは、チョ~寒いことだ。

オーロラを撮影する人はまず一晩中起きている。明け方近くになり、空が白みはじめたらもうオーロラは見えないので、重労働を終えた囚人よろし く、氷の体を寝袋に沈める。時間帯としてはそのときが一番冷えるし、体温低下も限界に近くなっている。寝袋に入って眠りにつくまで、しばらくカチカチと歯 の根が合わないが、寒さから脱した喜びは至福この上ない。

しかし、山が燃える写真を撮ろうとすると、そこで終わりではない。そのまま引き続き起きていて、朝焼けの「アルペングロー」の輝きを待つのだ。

「そのときの辛さってないですよね。寒いし、眠いし、いったいあとどれだけ待てば山が光りはじめるんだろうと、指折り数えるような気持ちになるで しょう。オーロラと一緒でいつ輝きはじめるか分らないので、かまくらのなかで待機する訳にもいかないし、体はジンジン冷えてくるし、そんなときTJさんは 何をして気を紛らわしているんですか?」

極地訓練を何年積もうと、極寒の寒さが平気になることはない。松本紀生さんの気持ちはよく分かる。だが――、

「山が赤くなる瞬間がいつ来るのか、松本さんは分からないの?」

「えっ!TJさんは分かるんですか?」

松本さんが驚いた顔で訊き返す。

「分かるよ。ああそろそろだな、という感じでカメラをセットするからね」

「ええっ!ウソでしょう?またぼくを担ごうとしてるんじゃないですか?」

「ぜんぜん!ある法則があってね。それを知っていたら、あせることなくのんびりと撮影に臨めるよ」

松本さんは、ぜひそれを教えてくれという。ニタついているので、半分信じていないようだった。

「その法則は、『PBWの法則』というんだ。PはピンクのP。BはブルーのB。WはホワイトのW。これを合わせてPBW――すなわち『PBWの法則』。これを知っていたら楽だよ」

松本さんはまだ不審の色を隠さない。ぼくはていねいに説明をすることにした。

「オーロラが見えなくなる程度に空が白みはじめると、空の色が変わりはじめるよね?空は何色と何色に変わってくる?」

松本さんは即座に答えた。

「ピンクとブルーですね」

「正解!」とぼくは答え、次の質問に移った。「空にはピンクとブルーの色の階層ができるけれど、それではピンクとブルー、どちらが上でどちらが下になる?」

そこで松本さんははたと考え込んだ。なかなか答えが出てこない。

「あれ、どっちでしたっけ?ピンクのほうが上で、ブルーが下だったかな?それともその逆だったかな?」

アラスカの冬の空。それも明け方の、寒気がピンと張りつめた寒い空は、夜の帳が去るに連れ、鮮やかなピンクとブルーの色調に変化する。色の違い ははっきりとしており、ピンクの色調の帯とブルーの色調の帯が、空にくっきりと現れるのだ。そこに雪山のホワイト(白色)が加わり、遠景は三色の鮮やかな 色の諧調に染まる。

「いいかい、正解はピンクが空の上のほう、その下にブルーの空が現れる。そしてその下に雪をかぶった真っ白な山々がある。それぞれの色の頭文字をとると、P・B・Wとなるだろう。それで『PBWの法則』と名づけたんだ」

松本さんはぽかんとしている。ぼくはさらに説明を続けた。

「でさ、重要なのはこの順番で覚えることなんだ。頭文字を入れ替えたらまったく意味をなくしちゃうからね。大切なのはPとWではさまれたBの存在 だ。なぜかというと、このB(ブルー)の帯の幅が刻々と変化していくからなんだ。PとWは変わらないのに、Bの帯の幅はどんどん狭くなってくる。この変化 を見て、山が燃える瞬間を知るんだ」 

ぼくは松本さんの表情を読みながら話を続けた。彼は虚空をにらんでいる。その瞬間の情景を一生懸命思い出しているようだった。

「ちょっと待って下さい。こんがらがっちゃった」

軽く深呼吸をする松本さんに、真剣さが加わった。

「OK、もう少し分かりやすく言ってみようか。いまここに真っ白な紙があるよね。これを三等分する線を考えるんだ。すると、上・真ん中・下、と三 つの階層ができるよね。上の部分に大きなハケでピンク色を塗る。真ん中には、同じく大きなハケでブルーの色を塗る。そして一番下は白い色を塗る。もちろん 白い紙だと塗る必要もないけどね。

これが、空が白々としはじめたときのアラスカの冬の典型的な空の色だ。この色がスタートライン。実際の撮影の場合、この色調の空を確認できたら、一旦テントなりかまくらなりに入って寒さをしのいでも大丈夫。まだ時間はたっぷりとあるから」

「で、それからどのように色が変わって来るのですか?」

真剣な顔つきになってきた松本さんを見て、ちょっと意地悪をしたくなった。

「聞きたい?」と、もったいぶってみた。

「そんな言い方しないで、教えて下さいよ。ここまで話してくれたんじゃないですか」

じれったくなったのか、松本さんはむくれたように言う。

「写真のライバルに、あまり手の内を明かすバカもいないからな。どうしよ~かな~」もう少しからかってやれと、ぼくのなかの意地悪虫が耳元でささやく。

「そんな~。最初、写真を教えたのはぼくじゃないですか。そんなぼくに、TJさんは感謝の気持ちも示さないんですか?とにかく最後まで話を聞かせて下さいよ」

松本さんは勘の鋭い人だから、「PBWの法則」の価値をすでに嗅ぎ取ったのだろう。むっとした顔のなかに、両手を合わせて哀願する姿が透かして見える。ぼくは心のなかで苦笑しながら、話を続けることにした。

「しょうがないな、可哀相だから最後まで話してやるとするか。さっきの三色に色を塗った紙を思い出してよ。真ん中はブルーの色だよね。このブルー の色が、時間とともにどんどんと消えてゆく。というかピンクとホワイトに挟まれた部分がどんどん細くなっていくんだな。それに伴い、空の上の方にあったピ ンクの帯が下へ下へと下がって来るんだ。山に近づいて来るってことだ。

ブルーの帯は刻々と細くなり、そして最後には消滅する。すると空はピンク一色になる。そして、そのピンクが山にかかったとたん……」

ぼくは一旦息を止める。

「山にかかったとたん……」

ぼくの言葉尻をオーム返しに繰り返しながら、松本さんの喉がごくりと鳴る。

「じゃじゃ~ん!山が燃えはじめる!」

「や、山が燃えはじめる――」

松本紀生さんは恍惚状態に陥り、よだれを流しはじめた。

「ほ、本当なんですね、TJさん。それって、間違いないんですね?」

「間違いないよ。その間、結構間があるから、外で震えながら待っている必要もない。眠いのだけ我慢すれば、アップルサイダーを沸かして飲むだけの時間はゆうにある。これがわしの編み出した『PBWの法則』じゃ」

ぼくは口をへの字に曲げ、胸を張った。

「へっへ~、おそれいりやした、TJさん。感服至極です。もうこれで寒さとの戦いとはオサラバできます。そっか~、そうゆう風に変わっていくんだ~。気がつかなかったな~。うわ~、そうなんだ~」

松本さんの顔が、にんまりとほころんだ。

「いいか、決して順序をたがえるでないぞ。PBW、PBWと唱えるのじゃ。PBWは、山が燃えればWがR(レッド)に代わってPBRになる。そし て『PBRの法則』と名前は変わるが、そんなことはどうでもいい。とにかくPBWが基本。ああ、それに夕方にはPとBが逆になるから、夕日の場合は応用を 利かせてBPWで準備をするんじゃ。邪推をもつとこんがらがるさかい、よろしゅうに」

ぼくは、仙人用語で御宣託を下し、最後は関西弁で締めくくって止めを刺した。しかし、本心は複雑だった。いかに友人とはいえ、写真の世界ではラ イバルだ。ライバルによりよい写真を撮らすために、わざわざ手助けをしてやる必要はない。敵に塩を贈った武田信玄や、「与える者はさいわいです」といった イエス・キリストには頭が下がるけど、正直、自分のなかには何となく割り切れないものがあった。

そうして松本紀生さんは山に入って行った。マッキンリー山に入る直前、タルキートナの空港から電話がかかってきた。

「TJさん、いまから山に飛ぶんですけれど、例のあの法則、BPWでしたっけ、それともPWBでしたっけ?」

一瞬、必死の形相で受話器を握る松本さんの姿が目に映った。ぼくはにんまりと笑みを浮かべ、彼の問いかけを無視して電話を切った。




アラスカに興味を持ったきっかけは誕生日にもらった星野道夫さんの1冊の本だった。「森と氷河と鯨」


この巻末ページの写真を見たときに、実際にこの目でアラスカという未知なる永久凍土の大地に足を踏み入れたくなった。

この本と一緒に銀色の猫の栞がついていた。その栞は、お気に入りのページに挟んでおいた。

車椅子バスケに夢中になり、その本は10年近くその本は開かれずに栞とともに忘れられていた。

あるとき心身ともに疲れていたとき、ふと、その本が目に止まった。

手にとりペラペラとめくっていくと、栞に挟まれたあのページがでてきた。

時代はインターネットでなんでもほしい情報が入手できるようになった。

でも本当にほしいものは手に入らないと思っていた。

アラスカへ行くなんて夢のまま終わると

でも夢はアヌーカさんとの出会いで一変した。

「アヌーカツアー」に申し込みアヌーカさん、TJさん御夫婦のお宅にホームステイをさせていただいた。
※このサイトにリンクが貼ってあります。

車椅子になってアラスカへ行くなんて夢にも思っていなかった。
アヌーカさんとTJさんとの出会いがなかったら絶対にないことだった。心から感謝しています。


アラスカは私にとっては特別な地だ。と言うよりもアヌーカさんのおかげで特別な地になった。

いつか時間ができたら小出しにアラスカのことを書いていきたいと思う。

そして、またアラスカへ行こうと思う。 次はバローへ行こうと考えている。 



TJさんの著 (大山卓悠)
「星野道夫永遠のまなざし」 (山と渓谷社) 

TJさんの翻訳書
「ベア・アタックス クマはなぜ人を襲うかⅠ」(北海道大学図書刊行会)
「ベア・アタックス クマはなぜ人を襲うかⅡ」(北海道大学図書刊行会)


おまけ

福島の夕焼けを撮るBWPの法則 なんちゃって☆ これは逆の法則なので空は燃えませんよ☆イメージね
DSCN0037.JPG












今日の帰り道


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プロフ
HN:
Meg3
性別:
女性
職業:
カリスマオフィサー
趣味:
photo(Canon EOS user)
自己紹介:
出身・在住 福島県
幼少はオルガン・書道・バレエと文化系で体も弱く運動が苦手でした。小学3年で担任の先生にテニス・卓球などいろ②教えてもらいスポーツ少女へ。小4でバスケに出会い高校までバスケをしていました。
平成2年6月車に飛ばされ車椅子になりましたが、車椅子になってもバスケットボールができることを知り、いまだ現役で選手やっております(*^^)v

1999年三上監督率いる女子車椅子バスケットボールチームは福島大学人類文化白石先生のメンタルトレーニング指導を受け、2000年シドニーパラリンピックでは目標どおりの銅メダルを獲得しました。
※白石豊先生は、福島大学教授。メンタルトレーニングの第一人者。ゾーン、ゴールデンエイジなどの言葉を生んだ方です。門下生には、日本人女性初のWNBAプレイヤー萩原美樹子氏、バンクバーオリンピックスピードスケートパシュート銀メダリスト田畑真紀選手、元日本ハムファイターズコーチ白井一幸氏、FIBAワールドカップ南アフリカ大会日本代表岡田武史監督など、著名な方々を多数みてらっしゃいます。

経歴:
1992年3月車椅子バスケットボールを見学、以後半年以上ただ見学。
1992年9月福島県身体障害者スポーツ協会主催の車椅バスケットボール教室にて三村一郎先生(現長野県障害者スポーツ協会理事長)と出会い選手の道へ
1993年1月JWBF選手登録
1994年ゴールドカップストークマンデビル大会代表デビュー(7位)
1996年アトランタパラリンピック出場(5位)
1998年ゴールドカップシドニー(4位)
2000年シドニーパラリンピック(銅メダル)
2002年ゴールドカップ北九州(4位)
2004年アテネパラリンピック(5位)
2005年腰椎の疲労骨折により代表引退
2008年北京パラリンピック(4位)代表復帰
2010 ゴールドカップ バーミンガム代表(7位)
2011 ロンドンパラリンピックAOZ予選(3位)
2015 リオパラAOZ予選(3位)
2015 現役引退
職業:団体職員
(公財)福島県障がい者スポーツ協会

役職:
(一社)日本パラリンピアンズ協会理事
福島県障がい者スポーツ指導者協議会事務局
福島県障がい者スポーツ支援ネットワーク理事
ふくしまchallenged sports club代表
特技:車椅子バスケットボール

趣味:美味しいものを食べ歩き、カメラ(Canon 7D user)

研究:

著書:

一番好きな曲:What A wonderful world.

家族:チャアコ,マーレ,バディ(dog's)メソ,ゴマ,アテ,モコ,アイナ,ニャークロ,グランディス,アバレンボウ,ギントキ,ロング,アメニ,ジンジャー,モウ(cat's)カーコfamily&チュンチュコチュンfamily(bird's)

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アラスカで出会った写真家松本さん、マッキンリーでカマクラ掘ってオーロラを撮り続けています。
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