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「真我開眼、修せざるは衣裏の宝珠」誰もが自分の中に宝を持っている。師は私に「柳は緑 花は紅」という言葉を贈ってくださいました。この言葉を胸に人生精進します。
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最初の一歩
さっき、ウェブ上で福島県の伝説の障害者アスリート「星さん」の記事を読んだ




65歳になったいまでも、車椅子テニスプレーヤーとして活躍しながら後人指導にあたっておられる






わたしは星さんとは一、二度ぐらい東京でお会いしただけで、あまり話しをしたことはないのだけれど、艶々とエネルギッシュな感じをうけた




障害者スポーツのパイオニア、星さんが福島県出身であることは、やっぱりうれしく誇りに思う
ぜひご一読ください^^星さんはじめ、福島県出身者には多くの素晴らしい方々がいらっしゃる



私が車椅子になる遥かに前から、障害があっても自然に生きられる社会をと講演活動やエッセイを通して訴えてこられた方


不便な世の中を要求ではなく、やさしい言葉で語り、お願いし、多くの人の心を掴み、この福島県の商業施設に多くのバリアフリー化をもたらし、しかもこの方のおかげで最近の車椅子トイレはしっかり男女別にある我が福島県





会津美里町の大石邦子さん




大石さんとベニマルの社長の対談がきっかけで、県内のベニマルの新しい店舗には、男女別の車椅子トイレが出来始めた、それが全国に広がっていった(と、わたしは思っている!)




記念すべき男女別車椅子(いまどきは多目的)トイレ設置1号店は、会津若松市の門田のベニマル




福島県には素晴らしい人がたくさんいるなーと、ちょいちょい思える瞬間がある




そんな記事を読んでいるなか、もう一人、ある意味すごい男が現れた




その男とは、福島県職員障害者採用枠第一号のTさんw




わたしと話の合う変人だ




しかも滅多に来ないので、まさに珍客^^



大雪でも降んじゃねえべか?




彼は福島県職員として採用された「車椅子第一号」である。第二号も同時に入庁しているが、年功序列で彼が先としよう




その数年前、わたしはここ福島県庁内にある団体の職員として採用されたわけだが




そのときに言われたことがある



「増子さんは、県はじめての車椅子の職員です。不便なところは多々あると思いますが遠慮なく言ってください。この採用で将来、県職員も車椅子で働ける人が出てくるかもしれないので頑張ってください」と



すんごいプレッシャーだったな当時は



忙しい仕事の合間によく呼ばれては、庁内あちらこちら、出先のあちらこちらの施設を見て回り、庁舎内の不便な場所を改善していった




そして、数年後のある日、上司に話しかけられ「めぐみちゃん、車椅子でも自分で通勤し、8時間労働に耐え、勤務できることが実証できました。今度、県職員でも来年度より車椅子(障害者)の職員採用試験を行われることになりそうだよ。」と




その1年後に入ったのがTさん、見事第一号として合格、その勤務ぶりは何十年いる職員と違わぬ手腕と風貌?!





しかもハートが強い(ずうずうしいとも言う)




やはり、この仕事頭がいいだけではできない。と言うのが実感



多少、型にはまらなくても、体力・気力勝負の部分もある笑



当時のスポーツ協会は財団法人になったばかりで激務極まりなく、またTさん保健福祉部高齢保健福祉課もまた介護保険の導入時期で超激務で夜中まで残業していたので、よく話をしていた



話のないようからして、まったくもって口が悪いとしか言いようのない 笑



Tさんは当時は車椅子マラソンをしており、定時に終わることは皆無のため、練習する時間がないので、二人で深夜0時にあづま運動公園を走りに行ったりしていた笑(真っ暗で一人じゃ走りたくないもんね)



そこで起きた事件は、、、レーサーのTさんを、バスケ車で走る私が抜き去るという事態・・・



Tさんの仕事で疲れた体に鞭を打ったうえ、プライドをズタズタに引き裂き、反骨精神を養ってあげたものだ



「夜中で誰もいなくてよかったね」と




ああ、なつかしい




懐かしいついでに、もうひとつ思い出した



当時の保健福祉部には車椅子で入れるトイレがなかった




わざわざ1階までエレベーターで降りていかなければならないうえ、エレベーターも3機しか止まらなかった




その当時の部長は今は亡きKさん 浜訛りで口はとっても悪いけれど、人間味あふれる理解ある方で、7階に身障トイレがなく1階までエレベーターで降りていくようすを見て、ないなら作れ!と鶴の一声でできたひろーいトイレ



3機のエレベーターも7階に停車するのは狭いほうのみ




その後、大きい5号機を7階に停まるようにしてくれて、おまけに音声案内や低い位置に操作盤まで、またもや亀の一声で作ってくれた



車椅子にとって便利な県庁に生まれかわったのはK部長のおかげだった




そして、昨年、視覚障害者ではじめて県職員が採用された




庁外に点字ブロックはできたもののまだまだだ




県庁周辺は音の出る信号機がないため、危なく轢かれそうになったりとまだまだここは危険な個所が多い




星さんの記事を読んで、最初の一歩は未知でどこにつながっているかわからないが、確実に後に道ができていて、そこを歩んでくる人がいる




でも、その道は便利にするだけではだめなんだな。と星さんの記事を読んでちょっと思った



車椅子バスケの道は大先輩たちが作ってくれた道を歩んできた



その道を福島県という土台に整備し、さらにつなげるためにここにいる



県庁に入る時、車椅子バスケットボールでメダルを取って、この福島県の障害者スポーツの礎を築き、障害者スポーツの推進に邁進してほしいと言われた




なので、勤務をしながら、それこそ合宿、海外遠征、車椅子バスケットボールに関わるすべてにおいて優遇していただいている環境をいただいた




ここに勤務して18年




文武両道を目指し、潰しのきかない選手にはならないと言い聞かせがんばってきた




車椅子バスケだけしててもメダルは取れないし、なにより人として強くなれない





その経過を経て、結果シドニーでメダルを獲ったのは事実として残った




県内のパラリンピックはじめ、スポーツをする選手たちも就職をし、そのなかでスポーツをすることへの理解をいただき、競技を続けて仕事もがんばり、競技でも結果をだしている




両立は辛いときもあるが、それは忍耐力を養い、知識と社会性を身に付けることは競技にもつながっていく



いま、若い選手がこうした中、結果をだしているようすをみるのはひじょうにうれしい




わたしもきっと道を整備する役目の一部を果たしているだろうが、まだまだなと星さんの記事を読んで思った





でもって、私に限らず、誰しも最初の一歩があって、その地域においてはフロンティアなのだろうなとも思うのであった まる
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HN:
Meg3
性別:
女性
職業:
カリスマオフィサー
趣味:
photo(Canon EOS user)
自己紹介:
出身・在住 福島県
幼少はオルガン・書道・バレエと文化系で体も弱く運動が苦手でした。小学3年で担任の先生にテニス・卓球などいろ②教えてもらいスポーツ少女へ。小4でバスケに出会い高校までバスケをしていました。
平成2年6月車に飛ばされ車椅子になりましたが、車椅子になってもバスケットボールができることを知り、いまだ現役で選手やっております(*^^)v

1999年三上監督率いる女子車椅子バスケットボールチームは福島大学人類文化白石先生のメンタルトレーニング指導を受け、2000年シドニーパラリンピックでは目標どおりの銅メダルを獲得しました。
※白石豊先生は、福島大学教授。メンタルトレーニングの第一人者。ゾーン、ゴールデンエイジなどの言葉を生んだ方です。門下生には、日本人女性初のWNBAプレイヤー萩原美樹子氏、バンクバーオリンピックスピードスケートパシュート銀メダリスト田畑真紀選手、元日本ハムファイターズコーチ白井一幸氏、FIBAワールドカップ南アフリカ大会日本代表岡田武史監督など、著名な方々を多数みてらっしゃいます。

経歴:
1992年3月車椅子バスケットボールを見学、以後半年以上ただ見学。
1992年9月福島県身体障害者スポーツ協会主催の車椅バスケットボール教室にて三村一郎先生(現長野県障害者スポーツ協会理事長)と出会い選手の道へ
1993年1月JWBF選手登録
1994年ゴールドカップストークマンデビル大会代表デビュー(7位)
1996年アトランタパラリンピック出場(5位)
1998年ゴールドカップシドニー(4位)
2000年シドニーパラリンピック(銅メダル)
2002年ゴールドカップ北九州(4位)
2004年アテネパラリンピック(5位)
2005年腰椎の疲労骨折により代表引退
2008年北京パラリンピック(4位)代表復帰
2010 ゴールドカップ バーミンガム代表(7位)
2011 ロンドンパラリンピックAOZ予選(3位)
2015 リオパラAOZ予選(3位)
2015 現役引退
職業:団体職員
(公財)福島県障がい者スポーツ協会

役職:
(一社)日本パラリンピアンズ協会理事
福島県障がい者スポーツ指導者協議会事務局
福島県障がい者スポーツ支援ネットワーク理事
ふくしまchallenged sports club代表
特技:車椅子バスケットボール

趣味:美味しいものを食べ歩き、カメラ(Canon 7D user)

研究:

著書:

一番好きな曲:What A wonderful world.

家族:チャアコ,マーレ,バディ(dog's)メソ,ゴマ,アテ,モコ,アイナ,ニャークロ,グランディス,アバレンボウ,ギントキ,ロング,アメニ,ジンジャー,モウ(cat's)カーコfamily&チュンチュコチュンfamily(bird's)

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松本紀生著書
アラスカで出会った写真家松本さん、マッキンリーでカマクラ掘ってオーロラを撮り続けています。
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