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「真我開眼、修せざるは衣裏の宝珠」誰もが自分の中に宝を持っている。師は私に「柳は緑 花は紅」という言葉を贈ってくださいました。この言葉を胸に人生精進します。
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震災後半年という時間
昨日、ジャパンのメンバーと宮城県山元町へ行ってきました。

先週は大砂選手が神戸から、井上選手、内海選手が訪問し、お見舞いにいきました。

今回は、網本選手、上村選手と一緒に行ってきました。


井上選手は仙台市内、内海選手は松島在住ですが、思い出深い山元町へ足を運ぶ勇気がなく、今回、震災後初めて現地を訪れました。


今回は大砂選手が、ジャパンのメンバーのサイン入りユニフォームを届けにきました。


今後は、キャプテンの絵里香選手と菊地ヘッドコーチがジャパン選手やカナダ、アメリカ、イギリス選手のメッセージとサインの入った国旗を山元町へ持ってくる予定です。




私も震災後に一度行っていましたが、それから4ヶ月後の山元町は、がれきもだいぶ片づけられていましたが、まだまだあちこちに大きな津波の爪痕が残っていました。


前回訪れた際に、必要な物資をお聞きし、Jキャンプの金子さん、キャサリンはじめたくさんの方から毛布やタオルケットなどの物資をいただきお届けすることができました。改めてありがとうございます。

今回もその後に届けられた日常生活用品などをお届けさせていただきました。

また、寒い季節が巡ってきます。仮設住宅は冬寒く、夏が暑いので大変だと思います。



塩害の田畑には雑草が生い茂り、すべてを隠してくれているかのようでした。


山元町合宿でお世話になっている渡辺浩志先生の元を訪れ、そして、北京パラリンピックでお世話になった岩佐監督の自宅があった場所へ行きました。


前に来たときは沿岸部は立ち入りができませんでした。
 

ストロベリーラインはなにも、なにもなくなっていました。

あるのはがれきの山。山。山。

まだまだがれきが山のようになっています。

北京前にはメンバーのほとんどが夏休みを利用し、仙台に集結し合宿以外の自主練習をするために岩佐さんの元で修業をしました。

その期間、監督のお宅に招かれバーベキューをしていだいたり、、岩佐ファミリーはじめ、山元町の親父組やお母さん方にはほんとうにお世話になりました。


いろんな思い出が蘇ってきました。


そのお庭もお宅もいまはありません。


網本選手が

ここが勝手口で、ここが玄関のはずや

と言いながら失跡を辿っていました。

いままで津波の被災地で写真を撮ることはありませんでしたが、なんにもなくなったけど何かを残したくて撮りました。



夏の日のみんなでのバーベキューを思いだし、せつない気持ちでいっぱいになりました。


岩佐さんやご家族、MAXのみんなの気持ちを思うといたたまれない気持ちです。。


その後、渡辺先生が現在お住まいになっている仮設住宅へお邪魔しました。


さすが宮城県だなーっと思ったのは、仮設の手前側の住宅はすべて高齢者・障害者用にスロープになっていたことでした。そして、玄関にはきちんと風よけがしてありました。

新地町にある仮設住宅に住むアースのメンバーは、スロープがなく、がれきのなかから戸板を拾ってきてスロープがわりにしていました。
県からもアドバイスしてほしいと言われて障害者、高齢者対応の仮設住宅もだいぶ改善されているとは思いますが、はじめに作るあたりがさすがだなーと感心してきました。

渡辺先生のお宅の仮設住宅で、津波直後のようすの映像を見せてもらいました。
テレビで何度も報道されたせいか、津波関連の映像を見ると気分が悪くなります。案の定、今回も気分が悪くなってしまいました。。。

先日、ある指導者協議会の会長さんより、本県の会長へ電話がきました。震災からもうだいぶ時間が経っているのに、本当に福島、宮城、岩手がいまだ大変なのか信じられないと言った発言がありましたが、どうやら太平洋側と日本海側では温度差があるようです。そこまで言うなら来ればいい。現状を見ればいいんですよ。まだまだ苦しんでいる人はたくさんいるんですから。


震災から半年、もう半年、まだ半年
思いは状況により変わりますが、、

ま、そんなこともありますが、この人以外はみなさん励ましてくださる方なので、そうしたお声にお応えすべくがんばる所存です。

今回、大阪、東京からわざわざ来てくれたみんな、ほんとうにありがとう。


渡辺先生、山元町のみなさん、まだまだ大変な時期は続きますが、ちょっとずつ前進していきましょう

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職業:
カリスマオフィサー
趣味:
photo(Canon EOS user)
自己紹介:
出身・在住 福島県
幼少はオルガン・書道・バレエと文化系で体も弱く運動が苦手でした。小学3年で担任の先生にテニス・卓球などいろ②教えてもらいスポーツ少女へ。小4でバスケに出会い高校までバスケをしていました。
平成2年6月車に飛ばされ車椅子になりましたが、車椅子になってもバスケットボールができることを知り、いまだ現役で選手やっております(*^^)v

1999年三上監督率いる女子車椅子バスケットボールチームは福島大学人類文化白石先生のメンタルトレーニング指導を受け、2000年シドニーパラリンピックでは目標どおりの銅メダルを獲得しました。
※白石豊先生は、福島大学教授。メンタルトレーニングの第一人者。ゾーン、ゴールデンエイジなどの言葉を生んだ方です。門下生には、日本人女性初のWNBAプレイヤー萩原美樹子氏、バンクバーオリンピックスピードスケートパシュート銀メダリスト田畑真紀選手、元日本ハムファイターズコーチ白井一幸氏、FIBAワールドカップ南アフリカ大会日本代表岡田武史監督など、著名な方々を多数みてらっしゃいます。

経歴:
1992年3月車椅子バスケットボールを見学、以後半年以上ただ見学。
1992年9月福島県身体障害者スポーツ協会主催の車椅バスケットボール教室にて三村一郎先生(現長野県障害者スポーツ協会理事長)と出会い選手の道へ
1993年1月JWBF選手登録
1994年ゴールドカップストークマンデビル大会代表デビュー(7位)
1996年アトランタパラリンピック出場(5位)
1998年ゴールドカップシドニー(4位)
2000年シドニーパラリンピック(銅メダル)
2002年ゴールドカップ北九州(4位)
2004年アテネパラリンピック(5位)
2005年腰椎の疲労骨折により代表引退
2008年北京パラリンピック(4位)代表復帰
2010 ゴールドカップ バーミンガム代表(7位)
2011 ロンドンパラリンピックAOZ予選(3位)
2015 リオパラAOZ予選(3位)
2015 現役引退
職業:団体職員
(公財)福島県障がい者スポーツ協会

役職:
(一社)日本パラリンピアンズ協会理事
福島県障がい者スポーツ指導者協議会事務局
福島県障がい者スポーツ支援ネットワーク理事
ふくしまchallenged sports club代表
特技:車椅子バスケットボール

趣味:美味しいものを食べ歩き、カメラ(Canon 7D user)

研究:

著書:

一番好きな曲:What A wonderful world.

家族:チャアコ,マーレ,バディ(dog's)メソ,ゴマ,アテ,モコ,アイナ,ニャークロ,グランディス,アバレンボウ,ギントキ,ロング,アメニ,ジンジャー,モウ(cat's)カーコfamily&チュンチュコチュンfamily(bird's)

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アラスカで出会った写真家松本さん、マッキンリーでカマクラ掘ってオーロラを撮り続けています。
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