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「真我開眼、修せざるは衣裏の宝珠」誰もが自分の中に宝を持っている。師は私に「柳は緑 花は紅」という言葉を贈ってくださいました。この言葉を胸に人生精進します。
宮城県山元町
以前より足を踏み入れることを躊躇してきた宮城県山元町


震災当初はすぐにでも助けに行きたかったのですが、その後、被害が大きすぎて現実を見ることができずに行くことをためらっていました。


宮城県山元町は、日本代表の男女合宿を町を上げてバックアップしてくださっていました。


今回の震災で津波により犠牲になられた方は700名弱
いまだに70名近くの方が行方不明です。


宮城MAX監督 岩佐さんとご家族の安否を確認し安堵しましたが、岩佐さんの恩師で、日本代表を応援し続けてくださる渡辺博志先生のようすがきにかかっておりました。山元町合宿へ参加した方なら知らない人はいない元気いっぱいの先生です。


山元町へ向かう途中、渡辺先生にご連絡したところ、ちょうど自宅を片付けていらっしゃるということで山元町へ来ておりました。

山元中央公民館で待ち合わせをしました。
途中の道路はところどころ崩落しており回り道をしながら向かいました。


震災のショックでお元気はありません。。。


お話を聞きましたら、あの日、車で移動をしようとしたときに津波に巻き込まれ、500m近く流され、助手席のガラスを割って脱出し、近くのコブシの木に1時間半以上つかまって水が引くのを待っていたそうです。
引き水も強い力があります。必死で腕より少し太いコブシの木につかまり流されないように耐えていたそうです。


震災の日は、普段は雪の降らない沿岸部でさえ、雪がちらつく寒い日でした。
手はすっかり腫れあがり、いまだに力が入らないそうです。


胸ぐらいまでに水が引けたとき、近くの民家の2階に避難させてもらい、翌日自衛隊のヘリで救出された。まさに九死に一生を得た恐ろしい経験をされました。


落ち着いてから自宅へ行くと、家は土台と作業用のコンテナしか残ってなかったそうです。


その後、周囲に散らばった荷物を土台のところに集めておいたら、ある日、、、
盗難にあったそうです。

津波ですべてを失って、ようやく少し荷物があって集めたのに盗む人がいるんです。
ビートたけしが言ってましたよね。そんな奴は射殺しろ!と、警察はそんな泥棒を射殺許可を下せばいいと思います。


いま必要なものはありますか?と聞きました。

そしたら、渡辺先生、日本代表のサインがほしいそうです。

自分と山元町へ


帰ってきてからさっそく選手へ相談しました。
みんな快く協力してくれると。

ちょっと時間はかかりますが、必ずやお届けします。


公民館には、渡辺先生と一緒に孝子さんやとくこさんもおられました。
おいしい朝ごはんを作っていただいていたお母様がたです!
とくこさんもやはり自宅を流されてしまったそうです。。。
いまは避難所から移動して住んでいますが大変なようです。


山元町のみなさん、そして東北のみなさんは我慢強いし、自分より隣人を気にかけます。そんなみなさんがまた、元の生活に戻れるようにできるいことを支援していきたいと思います。




追記

昨日、日本パラリンピアンズ協会の大日方さんが、東日本大震災障がい者スポーツ義援金のために募金活動をしてくださった浄財を本県に届けにきてくださいました。
みなさんからご支援をいただき本当に感謝しております。有り難うざごいます。

そのあとに被災地のいわきへ案内しました。

いわきには津波の被害に遭い、競技用具を失った方がいらっしゃいます。
その方を含めて、10人近くの車椅子の方と当時の状況などの話しを聞きました。

このお話はまた次回しますが壮絶です。
この方もまた助かったのが奇跡と言えます。


そうそう、動物救護に集まった義援金が民間の動物保護団体に配分されていないようですね。

これは調査しなければ。せっかく寄付したのに、原発区域で保護している団体へ適切に行かないのはおかしいですよね。

彼らは、行政が人の対応で動けないときに、避難者の声を聞き危険な区域に入って保護活動をしてきて、しかも、多いところでは300匹もの犬や猫を保護しているわけですから。

義援金を寄付した人たちも、こうした活動している団体へ行くと思って寄付した方もいるわけですから。もちろん私もそう思ってのことです。

しかし、その義援金が適切に使われないのであれば、これは調査が必要ですね。

障害者スポーツ義援金は早くみなさんの元へお届けするために準備をしています。

誰のための義援金なのか、しっかりとしてほしいと思います。
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Meg3
性別:
女性
職業:
カリスマオフィサー
趣味:
photo(Canon EOS user)
自己紹介:
出身・在住 福島県
幼少はオルガン・書道・バレエと文化系で体も弱く運動が苦手でした。小学3年で担任の先生にテニス・卓球などいろ②教えてもらいスポーツ少女へ。小4でバスケに出会い高校までバスケをしていました。
平成2年6月車に飛ばされ車椅子になりましたが、車椅子になってもバスケットボールができることを知り競技の道へ。

1999年三上監督率いる女子車椅子バスケットボールチームは福島大学人類文化白石先生のメンタルトレーニング指導を受け、2000年シドニーパラリンピックでは目標どおりの銅メダルを獲得しました。
※白石豊先生は、福島大学教授。メンタルトレーニングの第一人者。ゾーン、ゴールデンエイジなどの言葉を生んだ方です。門下生には、日本人女性初のWNBAプレイヤー萩原美樹子氏、バンクバーオリンピックスピードスケートパシュート銀メダリスト田畑真紀選手、元日本ハムファイターズコーチ白井一幸氏、FIBAワールドカップ南アフリカ大会日本代表岡田武史監督など、著名な方々を多数みてらっしゃいます。

経歴:
1992年3月車椅子バスケットボールを見学、以後半年以上ただ見学
1992年9月福島県身体障害者スポーツ協会主催の車椅バスケットボール教室にて三村一郎先生(長野県障害者スポーツ協会理事長)と出会い選手の道へ
1993年1月JWBF選手登録
1994年ゴールドカップストークマンデビル大会代表デビュー(7位)
1996年アトランタパラリンピック出場(5位)
1998年ゴールドカップシドニー(4位)
2000年シドニーパラリンピック(銅メダル)
2002年ゴールドカップ北九州(4位)
2004年アテネパラリンピック(5位)
2005年腰椎の疲労骨折により代表引退
2008年北京パラリンピック(4位)代表復帰
2010年ゴールドカップ バーミンガム代表(7位)
2011年ロンドンパラリンピックAOZ予選(3位)
2015年リオパラAOZ予選(3位)
2015年現役引退
職業:団体職員
(公財)福島県障がい者スポーツ協会

役職:
(一社)日本パラリンピアンズ協会理事
福島県障がい者スポーツ指導者協議会事務局
福島県障がい者スポーツ支援ネットワーク理事
ふくしまchallenged sports club代表
特技:車椅子バスケットボール
趣味:美味しいものを食べ歩き、カメラ(Canon 7D user)

一番好きな曲:What A wonderful world.

家族:チャアコ,マーレ,バディ(dog's)メソ,ゴマ,アテ,モコ,アイナ,ニャークロ,グランディス,アバレンボウ,ギントキ,ロング,アメニ,ジンジャー,モウ(cat's)カーコfamily&チュンチュコチュンfamily(bird's)

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アラスカで出会った写真家松本さん、マッキンリーでカマクラ掘ってオーロラを撮り続けています。
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