忍者ブログ
「真我開眼、修せざるは衣裏の宝珠」誰もが自分の中に宝を持っている。師は私に「柳は緑 花は紅」という言葉を贈ってくださいました。この言葉を胸に人生精進します。
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

ブログ更新
2か月ぶりの更新です。



この2カ月、生と死に向き合っていました。それを書くには時間が必要であり、いまは難しい状況です。

しかし、いつか記録してきたすべてのことを書き記します。

介護の難しさ、病院での医療看護の実態を経験したり、人は死に向かって生きるなか、どう生きるべきか。
人は死の状況を選べないが、どう死ぬべきか。など様々なことを考えました。



先日、知人が亡くなり、昨日通夜へ行ってきました。

病院に入院中だった知人は、呼吸が停止してからだいぶ後に発見され、病室で一人誰にもみとられず亡くなったそうです。死因は窒息死。しかも肺に水か血が溜まり吐き出しての窒息。
肺に溜まって気管に詰まったものが、水なのか血なのかわからないと言われたそうです。病院で、しかも入院中の窒息死、、、遺族に対して病院からのきちんとした説明はなかったそうです。

苦しくて、首は横になり上に上がったまま、起きて助けを呼ぼうとしたようなまま死後硬直し、お棺から飛び出しそうな感じでした。いままで見たことのない状況に、少し気分が悪くなってしまいました。



母が入院していた病院で、「福島県は看護の質が低いんですよ」と看護師が自ら言ってくるような状況で、それを聞かされた家族は、質が低いから何かあってもあきらめろとでも言うのでしょうか。

入院初日に許可なく身体拘束、4日目には床ずれ、1週間後に疥癬に感染するという、明らかに納得のいかない状況。毎日が戦いでした。


医療は100%ではないのはよくわかります。が、あまりにひどすぎた医療関係者の言葉、雑な仕事に「しかたがない」と悲しみ諦める遺族が多すぎる実態を改善する必要がないのでしょうか?


人が最後を迎える時は悲しいことです。しかし、違う悲しみの感情を新たに受ける状況はないにこしたことはないはず。


医療関係者にとっては、日常的に起こる死は慣れていることかもしれない。でも、私たちにとっては、死は生涯のなかで多く経験することのない慣れることのない衝撃的な出来事。

私がこうしたことを言うことが、ただの文句でクレーマーと思っている病院関係者は多いことでしょう。
しかし、そうでないことがわかる時が来るでしょう。



今後は私のやるべきことは、福島県の看護が良い方向へ向き、本人や家族が必要のない遺恨を残さないように接遇改善を行うことだと感じています。

先月、おなじ病院で医療過誤の疑いがあり調査の結果不起訴処分となった。とのニュースになりましたが、それだって、医師が普段、言葉をきちんと選んで伝えればそうした訴えは起きなかったことでしょう。


医者や看護師は病気治らない矛先が向けられる不条理な状況があると言いますが、それを助長するのが言動だということに気づくべきですね。


次回のブログからは明るい話題を提供できればと思います。

PR
COMMENT
Name:
Title:
URL:
Message:
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
Pass:

TRACKBACK
この記事にトラックバックする
| prev | top | next |
| 20 | 19 | 18 | 17 | 16 | 15 | 14 | 13 | 12 | 11 | 10 |
プロフ
HN:
Meg3
性別:
女性
職業:
カリスマオフィサー
趣味:
photo(Canon EOS user)
自己紹介:
出身・在住 福島県
幼少はオルガン・書道・バレエと文化系で体も弱く運動が苦手でした。小学3年で担任の先生にテニス・卓球などいろ②教えてもらいスポーツ少女へ。小4でバスケに出会い高校までバスケをしていました。
平成2年6月車に飛ばされ車椅子になりましたが、車椅子になってもバスケットボールができることを知り、いまだ現役で選手やっております(*^^)v

1999年三上監督率いる女子車椅子バスケットボールチームは福島大学人類文化白石先生のメンタルトレーニング指導を受け、2000年シドニーパラリンピックでは目標どおりの銅メダルを獲得しました。
※白石豊先生は、福島大学教授。メンタルトレーニングの第一人者。ゾーン、ゴールデンエイジなどの言葉を生んだ方です。門下生には、日本人女性初のWNBAプレイヤー萩原美樹子氏、バンクバーオリンピックスピードスケートパシュート銀メダリスト田畑真紀選手、元日本ハムファイターズコーチ白井一幸氏、FIBAワールドカップ南アフリカ大会日本代表岡田武史監督など、著名な方々を多数みてらっしゃいます。

経歴:
1992年3月車椅子バスケットボールを見学、以後半年以上ただ見学。
1992年9月福島県身体障害者スポーツ協会主催の車椅バスケットボール教室にて三村一郎先生(現長野県障害者スポーツ協会理事長)と出会い選手の道へ
1993年1月JWBF選手登録
1994年ゴールドカップストークマンデビル大会代表デビュー(7位)
1996年アトランタパラリンピック出場(5位)
1998年ゴールドカップシドニー(4位)
2000年シドニーパラリンピック(銅メダル)
2002年ゴールドカップ北九州(4位)
2004年アテネパラリンピック(5位)
2005年腰椎の疲労骨折により代表引退
2008年北京パラリンピック(4位)代表復帰
2010 ゴールドカップ バーミンガム代表(7位)
2011 ロンドンパラリンピックAOZ予選(3位)
2015 リオパラAOZ予選(3位)
2015 現役引退
職業:団体職員
(公財)福島県障がい者スポーツ協会

役職:
(一社)日本パラリンピアンズ協会理事
福島県障がい者スポーツ指導者協議会事務局
福島県障がい者スポーツ支援ネットワーク理事
ふくしまchallenged sports club代表
特技:車椅子バスケットボール

趣味:美味しいものを食べ歩き、カメラ(Canon 7D user)

研究:

著書:

一番好きな曲:What A wonderful world.

家族:チャアコ,マーレ,バディ(dog's)メソ,ゴマ,アテ,モコ,アイナ,ニャークロ,グランディス,アバレンボウ,ギントキ,ロング,アメニ,ジンジャー,モウ(cat's)カーコfamily&チュンチュコチュンfamily(bird's)

※ブログ上の文章・画像について、許可なく転載禁止でございます☆
カレンダー
07 2017/08 09
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
twitter
イイネ♪
松本紀生著書
アラスカで出会った写真家松本さん、マッキンリーでカマクラ掘ってオーロラを撮り続けています。
Amazon送料無料
カウンター
ブログ内検索
バーコード
忍者ブログ  [PR]
  /  Design by Lenny