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「真我開眼、修せざるは衣裏の宝珠」誰もが自分の中に宝を持っている。師は私に「柳は緑 花は紅」という言葉を贈ってくださいました。この言葉を胸に人生精進します。
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終了
馳前文部科学大臣よりお電話をいただき「文部科学省スポーツ庁スポーツ審議会第2期基本計画部会」の委員に就任し、部会と審議会合同開催合わせて11回の会議に出席をしました。
平成32年からの第2期スポーツ基本計画、スポーツ庁長官の諮問機関の一員という大役を仰せつかりまして、慣れない雰囲気に緊張しながらも、しかしながら楽しく勉強になったこの9ヶ月間でした。



東京へ来るたびに違うルートを使用し、東京2020へ向けて、車椅子や障がい者のアクセシビリティをチェックしながら会議の会場までいくなど、常にもっとも重い障がいの人たちが、東京オリンピック・パラリンピックを見にいくとすると何が不便か考えながら移動しました。



会議期間中、新橋駅にエレベーターができたり、東京駅の新幹線改札のスロープが広くなったりとしています。が、まだまだ誰もがわかりやすく、移動しやすい環境ではないです。
世紀のイベントを機に、街も人も良くなるといいですね。


さあ、国のができたら、、次は福島県のですね。ポイントを絞って障がい者スポーツについてしっかりやっていきたいと思います。
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会議会議会議と週末の予定
今週は会議の連続でした。

1月31日(火)
この会議が始まるといよいよ平成29年度(2017年)いよいよシーズンが始まる!という気持ちになります。

今年は、5月21日(日)会津若松市において開催されますよ!
みなさん、今年の全国障害者スポーツ大会は愛媛ですよ^^




2月1日(水)本日は振替休日でした。
なので、寝ていたら・・・


職場からのラインにて起こされ怒。そして内容を見て明日でもいいじゃんの内容に再び怒 笑



ということで、起きちゃったのでドッグランへ!晴れていてバディもマーレもご機嫌です。
これはこれでよかったかなということで、犬が喜び庭を駆け回る姿を見て気持ちも晴れやかに


午後からは、地元三春町の障がい者計画の会議へ。たまには地元に貢献しないとということでお出かけしました。



その後に久々の散髪へ



はい、微妙なモザイクシリーズね



何をモザイクってほうれい線を隠してみました。




2月2日(木)
郡山市のオリパラ推進会議へ理事長代理で出席



U先輩がインフルエンザAということで、立場が違うけど、パラリンピアンの意見ということで品川市長のご指名を受け、僭越ながらご意見を述べさせていただきました。



どこの自治体もまだパラの推進が少ないので、郡山市を起点にがんばろう!と一致団結してまいりました。



そして、会議が終了したので、運動導入教室へ
今日は、ジュニア諸君が多く参加しておりますね。



外は強風と雪で参加者も少ないかな?と思いながらも、たくさんお越しいただきました。
みんな楽しく運動の基礎を習得しております。




2月3日(金)
国際アスリート支援事業予定
オフシーズンの毎週金曜日に福島県庁にて、パラアスリート候補やスタッフを対象に英語で世界の文化教養、日常会話などを英語で学ぶ時間です。
視覚障がい者の陸上アスリートが主に参加しております。明日はシーナ先生です!




2月4日(土)の午後からは、車椅子バスケットボールの強化練習会です!
講師は、、、ふふふ。。。



講師が気になる方は、午後1時から郡山養護体育館にお越しください。
ちなみに私では決してありません。



2月5日(日)はいわき市にある東日本国際大学でバドミントン教室が開催されますよ!



ということで、今週は、も?ほぼほぼ職場にいないということでした。



スポーツ庁のスポーツ審議会基本計画部会に参加させていただいてから会議での発言の仕方が変わった気がします。
国内のスポーツ推進の最高峰の場で経験を積ませていただいたことを地元にフィードバックしていきたいと思います。





1月29日(日)の出来事は、また後ほど詳しくお伝えします。



鹿児島へ
鹿児島に来ております。




昨年より、早、4度目の鹿児島県です。





今回は、前回よりも珍事件が満載です。
地元のタクシー運転手のキャラが濃すぎてですね、毎日おもしろく過ごしています。


ちなみに今日のタクシー運転手は、高齢ドライバーで、ウィンカーがでっぱなし、車椅子を持ち上げられず^^;
若干、首が左右に振れてましたがだいじょうぶでしょうか。。。




楽しいことや真面目にあぶなかったものなど、いろいろあります。





昨日は、スポーツ庁の調査関係の仕事で、特別支援学校を視察しました。





本日は、車椅子バスケットボール愛好者で友人の勤務先(小学校)へ講演にまいりました。




2011年12月に福島県へボランティアに来てくれたので、こうした形でお礼ができてよかったです。




鹿児島は12度もあり暖かいです。福島を出るときは、最高気温がマイナス2度でした。



思わず「暑い」と口にし、鹿児島名物「しろくま」をいただきました。



鹿児島は、食事が美味しくて、肥えて帰りそうです。。。




では、明日からは別件で4日間がんばります。


更新
おひさしぶりです。

すっかり体がなまっております。


この一年、仕事に没頭しておりました。


今年からまた少しずつ更新していきたいと思います。


いま、県庁から福島駅まで、弱視のアスリート3人を送ってきたのですが、暗いわ、道は悪いわ、歩道はないわで、危険きわまりなかった。


震災後、節電なのかなんなのか街頭も少ないので、学校・塾帰りの子ども、仕事帰りの女性、視覚に障がいのある方など歩きにくいと思いますの。


太陽光発電パネルの電気、街中に回してくれないかしらね?


久々の更新なのにさっそく文句でした。


ではー
おさぼりブログ更新
車椅子バスケの選手を引退しても、日々、忙しいのはなんでだべ?



ということで、昨日は久々の半日おやすみでしたので、この方々とまったりしてきました。


よい天気でした。
学校訪問
昨日は、久々に学校へ


総合学習の時間にお邪魔しまして、障がい者スポーツについてお話しと体験を実施しました。



この事業は、指定ご寄附による事業です。


ですので、ご寄附をいただきました方のご負担で、福島県障がい者スポーツ協会が事業展開します。学校の経費負担はありません。


今回の指定ご寄附は、県内の子どもたちのためにパラリンピアンを学校へ派遣し、子どもたちと交流をはかりながら、障がい者スポーツの素晴らしさを広め、そして子どもたちがなにかを感じてほしいとの要望で、パラリンピアンを派遣してくださいとのことで、この3人でいわき市勿来一中へ伺いました。



はい、この3人


上村先輩、ましこ、佐藤さとしくん


自分が入っているので、言うのもなんですが・・豪華メンバーです笑


そして、ナイスなチームワークでした。



車椅子バスケの体験の後に



生存50年弱、ソウルパラリンピックから活躍中のC先輩より、有難くも重ーい講演をいただき、授業は終了となりました。



次回は、福島市内の学校を予定



まだ、数校へ訪問予定がありますので、興味のある方はスポーツ協会までお問い合わせくださいませ。
オランダスポーツ科学セミナー
田舎もんが東京へ行ってまいりました。



しかも、六本木いぇーい (すみません、ジャパン女子ネタです)



アーク森ビルという、なんとも車椅子で行くには不便なところへ



オランダ首相来日記念のため、オランダ大使館主催で、オランダのスポーツ最前線の方々が一同に集まり、そして、オランダの車椅子バスケットボールのディレクターのトニーと選手らも来日




日蘭で車椅子バスケの意見交換を行いました。





2017年よりオランダでは新しいプロジェクトとして、海外から有望な若手選手を招待するといったことが始まるそうです。




女子では、ここに写っている上村選手が国内の選手で初めて海外(カナダ)へ車椅子バスケに挑戦し、その後、男子の岩野元選手が若かりし頃にオージーでプレーしていましたね。

その後も網本選手がオージーリーグへ挑戦、香西・藤本両選手も海外リーグでプレーし、最近では千脇選手も渡独しましたね。男女共海外へチャレンジしています。



これに続く若手選手が、海外へはばたき経験を積み日本が強くなっていくのでしょうね!楽しみですね^^



最期に、日蘭で記念写真




しかし、さすが平均身長世界一の国




みんな大きかった・・・
晩秋の会津
今日は会津障がい者スポーツ大会でした。
今年で15回目(^^)すごいですよね。

こうした地域の大会は継続することが大変です。

また、障がいのある方が、こうした身近な地域においてスポーツができる環境があることもとても大切なことです。

指導者、ボランティアのみなさんテキパキと手際よく準備をしていました。

指導者も全力、参加者も楽しそうでした!

今日はランプの妖精ではなく、ボッチャの団体競技に助っ人に入ったはずが負けてしまいました。

ボッチャのボールをシュートするなら勝てたのにな!

懐かしい子たちにも会えました。
みんなスポーツを続けていて、笑顔でたくさん話しをしました。



また明日から仕事が頑張れそうです。
3週間
分の洗濯と



ぶりの部屋の拭き掃除をしました。



クローゼットの衣替えもしようとしましたが、処分したはずなのに服で、しかも主にジャージで一部屋塞がりました。



途方に暮れ、そのまま放置しました。



また、母子センターと教会に寄付をしようと思います。



午前はドッグランへ出かけ



カフェでお茶し



ランチを済ませ



いまから昼寝



夜は練習ですが、久々にゆっくり過ごせています。



やらなければならないことがたくさんありますが、マイペースでいこうと思います。





もう紅葉もおわりですね。



会津はもう寒いですかね。



再来週は新そば祭りに会津へいきます。

この写真は去年の今頃の会津です。



今年は冬が早く来るような気がします。

感謝しかありません
アジア・オセアニア予選が終了し、1週間が経過しました。


大会を開催していただきました連盟はじめ多くの方々には、感謝とお詫びの気持ちでいっぱいな1週間を過ごしました。



しかし、大会が終了しても、朝はやってくるし、お腹も空いて、仕事もいつもどおりの忙しい日々が戻ってきています。



女子選手は、この4年間、ある選手は仕事を辞め、ある選手は海外のリーグへ挑戦し、ある選手は転職または練習時間を確保するために正規雇用から嘱託へ、ある選手は20年住んだ練習拠点を移し、出産を終え2カ月で復帰した選手もいます。ここにいた12人以外にも同じように生活のすべてをかけた仲間と共に戦いました。
スタッフもまた急遽このチームを任され職を替え、夜も寝ずに選手がベストパフォーマンスを発揮できるように2年半がんばってくださいました。



自国開催、しかもいままで経験したことのない重大な内容の大会を開催していただき、戦略・練習内容どれをとっても素晴らしいヘッドコーチ、選手経験のある人格者の大先輩がアシスタントコーチ、国内外経験豊富な百戦錬磨のチームリーダー、トレーナーも2人体制、戦略・分析の専門家、心理担当、栄養サポート、そして何よりもこうしたことを裏でとりまとめ選手を支えてくれたマネージャー、数々の海外遠征と頻繁な合宿、それを特別休暇で休ませていただいた職場の理解、同チームの協力、合宿で協力をしてくださった各ブロック・選手のみなさん、バディとマーレの面倒をみていただき、ここには書ききれないほどの多くの多くの支援を受け、選手も最大に努力した4年間でした。



でも、結果は出せませんでした。個人や組織の努力だけではもはや国レベルの強化策がないと世界のスピードに追い付くには困難なのか?
個人でもっとなにができたのか。と自問自答しながらの1週間でした。


開けなかったリオへと続く道の扉。



大阪カップで国際大会を何年も経験させていただいたおかげで自国開催のプレッシャーも大きくなく大会に挑むことができました。



多くの方の期待を受け、必至に続けてきました。吐きながら、涙を流しながら練習し、練習が楽しいことは正直ありませんでした。苦しい、もう手を抜こうかな。いや、だめだ。負けてたまるか。そんな思いできました。
2011年、辛かったあの日々。韓国でのロンドン予選敗退。辞めるべきか、続けるべきか迷ったあの日から4年。


ミニバスから始め、19歳で車椅子になり、1993年に郡山で三村先生と運命の出会いをしたあの日から、1994年から代表のユニフォームをいただき、途中ケガで苦しんでいるなか、岩佐さんの一言で2006年に代表へ復帰し、今日まで継続してきたここまでの道のりを振り返っていました。



日本代表として20年間、日の丸を胸につけさせていただき、ここでは書ききれない素晴らしい経験をさせていただきました。



「感謝」この言葉以外いまは思いつきません。



すでに、地元メディアでは報道されていますが、今季限りで代表選手の任を降り、今後は女子選手の後方支援に廻りたいと思います。


これは、予選で負けたからではなく、リオへの道が決まっていても、代表を退く考えでいました。


多くの方に、そして車椅子バスケットボールに私は救われました。有難うございました。


これから5年後、女子車椅子バスケットボールは自国開催のオリンピック・パラリンピックを経験します。


自国開催の重みにおしつぶされない、自国開催だからこそ力を発揮できる選手が育つように、いやきっと育ち、一番高いところに国旗が上がり、スカパーを見ながら君が代を一緒に唱って泣きたいと思います。


夢は、一人で見ることはできますが、叶えるのは一人ではできない。
私たちはなぜ勝ちたいのか。なぜ世界一になりたいのか。
それが、なぜ、車椅子バスケットボール競技なのか。
代表であったこの20年、その答えは・・・
もし、この自問に正解があるのなら、それは求めるものではなく、それぞれの胸に秘めるものが正解であっていいと思う。


夢はこれからの選手に託します。夢はまだまだ続きます。


みなさま、これからも日本の車椅子バスケットボール、障がい者スポーツのご支援をどうぞよろしくお願いします。



本来であればすぐにお礼を述べなければならないところでしたが、予選が終わり、気が緩みまして、3年ぶりに風邪をひいてしまいました。。。気持ちの整理もあり今になってしまいました。



いままで一緒にコートに立ったメンバー、そして同じ夢に、目標にむかい共に歩んだ選手のみんな
有難うございました!




引き続き ブログは更新します。

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プロフ
HN:
Meg3
性別:
女性
職業:
カリスマオフィサー
趣味:
photo(Canon EOS user)
自己紹介:
出身・在住 福島県
幼少はオルガン・書道・バレエと文化系で体も弱く運動が苦手でした。小学3年で担任の先生にテニス・卓球などいろ②教えてもらいスポーツ少女へ。小4でバスケに出会い高校までバスケをしていました。
平成2年6月車に飛ばされ車椅子になりましたが、車椅子になってもバスケットボールができることを知り、いまだ現役で選手やっております(*^^)v

1999年三上監督率いる女子車椅子バスケットボールチームは福島大学人類文化白石先生のメンタルトレーニング指導を受け、2000年シドニーパラリンピックでは目標どおりの銅メダルを獲得しました。
※白石豊先生は、福島大学教授。メンタルトレーニングの第一人者。ゾーン、ゴールデンエイジなどの言葉を生んだ方です。門下生には、日本人女性初のWNBAプレイヤー萩原美樹子氏、バンクバーオリンピックスピードスケートパシュート銀メダリスト田畑真紀選手、元日本ハムファイターズコーチ白井一幸氏、FIBAワールドカップ南アフリカ大会日本代表岡田武史監督など、著名な方々を多数みてらっしゃいます。

経歴:
1992年3月車椅子バスケットボールを見学、以後半年以上ただ見学。
1992年9月福島県身体障害者スポーツ協会主催の車椅バスケットボール教室にて三村一郎先生(現長野県障害者スポーツ協会理事長)と出会い選手の道へ
1993年1月JWBF選手登録
1994年ゴールドカップストークマンデビル大会代表デビュー(7位)
1996年アトランタパラリンピック出場(5位)
1998年ゴールドカップシドニー(4位)
2000年シドニーパラリンピック(銅メダル)
2002年ゴールドカップ北九州(4位)
2004年アテネパラリンピック(5位)
2005年腰椎の疲労骨折により代表引退
2008年北京パラリンピック(4位)代表復帰
2010 ゴールドカップ バーミンガム代表(7位)
2011 ロンドンパラリンピックAOZ予選(3位)
2015 リオパラAOZ予選(3位)
2015 現役引退
職業:団体職員
(公財)福島県障がい者スポーツ協会

役職:
(一社)日本パラリンピアンズ協会理事
福島県障がい者スポーツ指導者協議会事務局
福島県障がい者スポーツ支援ネットワーク理事
ふくしまchallenged sports club代表
特技:車椅子バスケットボール

趣味:美味しいものを食べ歩き、カメラ(Canon 7D user)

研究:

著書:

一番好きな曲:What A wonderful world.

家族:チャアコ,マーレ,バディ(dog's)メソ,ゴマ,アテ,モコ,アイナ,ニャークロ,グランディス,アバレンボウ,ギントキ,ロング,アメニ,ジンジャー,モウ(cat's)カーコfamily&チュンチュコチュンfamily(bird's)

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アラスカで出会った写真家松本さん、マッキンリーでカマクラ掘ってオーロラを撮り続けています。
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